2013年07月05日

夏至を迎えて


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夏至の日の前夜、急に思い立って、終電で真鶴に行った。

友人と分かれた後、行く準備などはなにもしてかったのだけど、たまたまカメラは持っていて、洗面や着替えなどはなんとかすればいい、と乗った電車で勢いでそのまま向かった。
真鶴は、子どもの頃よく家族で遊びに行ってた場所。太平洋に突き出た半島の町。ぼろいけど、父のマンションがあって、そこに泊まって、少し横になって、夜明け前にむくりと起き、半島の先まで、一人歩いた。駅からマンションに向かった道では降っていた雨が、やんでいた。

真鶴には半島の先を囲む原生林がある。暗い原生林を一人歩くと、カラス達が暗闇のなかでカァカァ鳴いて、夜明け前の黒い原生林のシルエットに響いていった。
原生林をぬけるともうすぐ半島の先。夜明けはもうすぐと、海が見えた地点でふと目をやると、日が昇るだろう場所が桃色に光っているのが見えた。夏至や春分の日に朝日を見に、近所や時には少し足を伸ばすことを続けてきたけども、夏至の頃は、いつも厚い雲に覆われて、日が輝くのを見たことはなかった。

桃色に輝いていたのに驚いて、半島の先に急いで歩いた。
海へ降りる途中の階段から、桃色に輝く雲と、それが海にも反射して、目の前が桃色に包まれた。
思わずそこで立ち止まり、手を合わせた。

その時間は、ほんのわずかだった。
色はしばらく経つとすっとなくなり、
いつも見る厚い雲に覆われた色のない空が広がった。

夜明け前の光と色はあっという間に消えて、それから海岸へと降りて行った。海岸には誰もいなかった。



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15年位前の同じ季節の頃を最近思い出す。暑さに向かう空気に身体をまじませようとしていた頃。
私はある一日を自然の中で過ごした。暗闇を抜け、夜明け向かい、だんだんと明るくなる空と姿を現す自然の中で、広い空の下にただ立つ私、を知った時。朝日が昇り、世界の美しさとただあることの美しさを知った時。その頃も世界は混沌としていたけど、戻った日常でも、特に見栄のあるような、特別な日々でなくても、ただそこにいる心地よい感覚に包まれていた。ただの学生で、何ものかもわからなかったけど、可能性に包まれているようにも感じてた。

あれから、ずいぶん時がたって、今・世界の混沌は隠すことができなくなっているように感じる。
この間、出会った人が私に話してくれたこと。

「あの時見た、感じたものは、
今・これからは、日常にひろがっていくのだろうね。何気ない日々の中に。」



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しばらく海を眺めて、原生林をまた戻った。行きに気になった鳥居を見つけ、お参りしてみた。
山の神さまだった。真鶴は漁の町、豊富な海の幸は、山と森があるからと、漁師たちが祀った神様だった。

震災以降、海を訪れていなかった。
海や山にごめんなさいが言えてよかった。

光は一瞬だったけど、失われたわけではない。
日々をあの頃のように、ほほえみを持って、
この世界の心地よさを感じる方へ、
暑さになじませる身体のように、生きていけたら、いいのだろうか。
そんなことを感じてる。



posted by momo at 21:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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