2013年08月23日

「街なか 想い出 写真館」のお知らせ


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8月25日(日)に世田谷代田で開催される『第2回 世田谷代田 ものこと祭り』に出店します。

世田谷代田は、下北沢の隣の駅。環七や小田急線の流れる交通の賑やかな街です。
今年春に小田急線の東北沢〜下北沢〜世田谷代田駅までが地下化になり、
世田谷代田にも変化が訪れています。
世田谷代田を囲む代田という街は、私の育った街でもあります。駅の近くの代田小学校に通い、代田八幡さまの横が通学路でした。代田八幡では秋にお祭りがあり、学校の帰りに八幡さまの横を通りながら、どんな出店に行こうか、毎年とてもわくわくとした記憶があります。

今は、環七と小田急線が交差し、交通の激しい街ですが、以前は、川が流れ、寺や神社があり、街道に店が並び、とても風情と賑わいのある地域だったそうです。駅の場所はちょうど高台で、空の澄み渡った日には、富士山が今も見えます。今は少し寂しくなってしまった世田谷代田の商店街、そこに木工作家の若い方がアトリエを構えました。それをきっかけに〜ものづくりのつくり手とつかい手。田舎と都会。〜をつなぐ、お祭りをしようと、昨年第1回目が開催されました。

今年、春に地下化になる前の下北沢の街の景気と出会った人々を撮影し、下北沢で写真展を開催しました。
その撮影で、街のなかで出会った人たちに街の想い出をお伺いしながら、写真を撮らせて頂くことがとても楽しかったです。

ものこと祭りでは「街なか 想い出 写真館」と題して、お祭りに足を運んで下さった方を街の景色を背景に記念写真を撮ることにしました。

育った街で、どんな出会いがあるかとても楽しみです。

お祭りには、手づくりの作家さんの出店、秋田からまなはげやじゅんさい流し、こけしの販売など、あたたかみのあるものがたくさんです。
お時間のある方、ぜひ足を運んでみてください。

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2013年8月25日(日)10:00〜17:00
第2回 世田谷代田 ものこと祭り
世田谷代田駅周辺


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2013年07月29日

Vital . 2013 summer


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ここ数年表紙の写真提供とインタビューページの撮影をさせて頂いている『vital』。

『Vital』は、カソリック真生会館が発行し、主に教会へ通われているみなさまに読まれています。
「Vital」とは、フランス語で「いのちの」、また「大事な」という意味だそうです。

ー いのちが無視され、その尊厳が破壊されていく、生きにくい今の時代に、
  私たちの「いのち」に関わる「大事な」ことがらを、一 緒に考えていこうという雑誌です。 ー

カソリックのことをあまり知らない私にも、この混沌とした時代の中で、いのちの大切さと生きていくことを真摯に考えていこうとする紙面は、読み応えのある内容と感じ、毎号特集や企画を楽しみにしています。


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今後の特集は「忘れやすい、日本」。

〜 私たちの政治的指導者の間から、過去の事実を全く無視したような発言がおおぴらに出てくるようになった昨今、私たちはもう一度、歴史にきちんと向き合わなければいけないのではないか、という思い特集を組ませて頂きました。 〜 編集後記から

憲法改正など、不穏な空気の感じる今、
過去の歴史を知ること、その大事さを私もより感じるようになりました。

今回、インタビューでは、村山富市さんにお話を伺っています。
戦後50周年に際し、過去の戦争の事実を認め、謝罪と平和へ道を歩むことを発表した「村山談話」について、そして今、未来へ向けて大事にすべきことを改めてお話頂きました。

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首相となった方にお会いしたのははじめてだったのですが、チャームポイントの眉毛の奥の澄んだ目と、身体を気遣い今も健康に散歩を続けているというすっとした姿勢からは政治を歩んで来られた方独特の力の入ったものは感じられず、お話だけでなくその姿からも、真実を見失わずに歩んでこられた長い年月が感じることができました。私たちが何を大事にどう生きたらよいのか、お話とその姿から示唆をなるものを感じ、インタビューの後にとても清々しい気持ちになりました。お会い出来たことが本当に嬉しかったです。

もうすぐ8月、68年目を迎える終戦の日を迎えます。
私にも過去の戦争の記憶はありませんが、記憶をつなぐ、その大事さを失わずにいたいと思います。

『vital』は、一般書店では購入できないのですが、購入はできますので、申込みをしてみて下さい。


posted by momo at 15:55| Comment(0) | しごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月05日

夏至を迎えて


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夏至の日の前夜、急に思い立って、終電で真鶴に行った。

友人と分かれた後、行く準備などはなにもしてかったのだけど、たまたまカメラは持っていて、洗面や着替えなどはなんとかすればいい、と乗った電車で勢いでそのまま向かった。
真鶴は、子どもの頃よく家族で遊びに行ってた場所。太平洋に突き出た半島の町。ぼろいけど、父のマンションがあって、そこに泊まって、少し横になって、夜明け前にむくりと起き、半島の先まで、一人歩いた。駅からマンションに向かった道では降っていた雨が、やんでいた。

真鶴には半島の先を囲む原生林がある。暗い原生林を一人歩くと、カラス達が暗闇のなかでカァカァ鳴いて、夜明け前の黒い原生林のシルエットに響いていった。
原生林をぬけるともうすぐ半島の先。夜明けはもうすぐと、海が見えた地点でふと目をやると、日が昇るだろう場所が桃色に光っているのが見えた。夏至や春分の日に朝日を見に、近所や時には少し足を伸ばすことを続けてきたけども、夏至の頃は、いつも厚い雲に覆われて、日が輝くのを見たことはなかった。

桃色に輝いていたのに驚いて、半島の先に急いで歩いた。
海へ降りる途中の階段から、桃色に輝く雲と、それが海にも反射して、目の前が桃色に包まれた。
思わずそこで立ち止まり、手を合わせた。

その時間は、ほんのわずかだった。
色はしばらく経つとすっとなくなり、
いつも見る厚い雲に覆われた色のない空が広がった。

夜明け前の光と色はあっという間に消えて、それから海岸へと降りて行った。海岸には誰もいなかった。



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15年位前の同じ季節の頃を最近思い出す。暑さに向かう空気に身体をまじませようとしていた頃。
私はある一日を自然の中で過ごした。暗闇を抜け、夜明け向かい、だんだんと明るくなる空と姿を現す自然の中で、広い空の下にただ立つ私、を知った時。朝日が昇り、世界の美しさとただあることの美しさを知った時。その頃も世界は混沌としていたけど、戻った日常でも、特に見栄のあるような、特別な日々でなくても、ただそこにいる心地よい感覚に包まれていた。ただの学生で、何ものかもわからなかったけど、可能性に包まれているようにも感じてた。

あれから、ずいぶん時がたって、今・世界の混沌は隠すことができなくなっているように感じる。
この間、出会った人が私に話してくれたこと。

「あの時見た、感じたものは、
今・これからは、日常にひろがっていくのだろうね。何気ない日々の中に。」



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しばらく海を眺めて、原生林をまた戻った。行きに気になった鳥居を見つけ、お参りしてみた。
山の神さまだった。真鶴は漁の町、豊富な海の幸は、山と森があるからと、漁師たちが祀った神様だった。

震災以降、海を訪れていなかった。
海や山にごめんなさいが言えてよかった。

光は一瞬だったけど、失われたわけではない。
日々をあの頃のように、ほほえみを持って、
この世界の心地よさを感じる方へ、
暑さになじませる身体のように、生きていけたら、いいのだろうか。
そんなことを感じてる。



posted by momo at 21:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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